2013年2月21日木曜日

フランク・リースナー(清野智明監修・生田幸子訳)『私は東ドイツに生まれた 壁の向こうの日常生活』東洋書店、2012年

 旧東ドイツ(DDR)出身で、NHKテレビのドイツ語講座出演でも知られるらしい著者により、わかりやすく旧東ドイツの社会・文化・経済についての紹介がなされている。全体におもしろいが、訳文もきわめて明快で読みやすい。

 訳者も述べているように、現在の雇用不安の蔓延した日本社会にあると、雇用と教育の機会が保障され、社会保障の充実した旧東ドイツは「うらやましい」社会であるようにも本書からは読める。

 旧東ドイツでもキリスト教は国家の監視を受けつつも、それなりに存在していた様が伺われる。「初聖体」についての記述が興味深い。

 しかし一番目を引いたのは、次のくだりである。

 「東ドイツに売春宿はなかった。そんなものが存在していたら、女性に対する侮辱にあたっただろう。全ての女性が仕事を見つけられるような社会だったのだ。国家は工場の中に女性を必要としていた。生計のためにわが身を売る必要などはなかったのだ。東ドイツにおいて売春行為は、資本主義社会特有の現象であるとみなされていた。春をひさがねばならぬほど女性を追い詰める社会というわけである。一方、我らが社会主義国家では、各々が性別に関わらず能力を伸ばしてゆける。そんな対比が必ず付け加えられた。」(229頁)。

 思わず考えさせられてしまう。旧東ドイツには特殊な人々を対象とする「ハニートラップ」として売春的行為はあったが、一般的な売春営業はなかったという。

 本書を読む限り、旧東ドイツでは若年者が結婚・育児をしやすい社会保障制度が現在の日本などよりも充実していたようである。子ども時代から大人に至るまで、さまざまのコミュニティ的活動が組織されていたこともあり、旧東ドイツでは性に関して売春という仕方に結実するようなひずみは少なかったように本書では読める(同時にFKK=裸体文化や同性愛の問題も本書では触れられている)。