2012年4月18日水曜日

雨宮慧『聖書はなぜ奇跡物語を語るのか』教友社、2011年

 現代日本のカトリックの代表的な旧約学者雨宮慧師の講演を出版したもの。新約の「自然奇跡」「癒しの奇跡」「悪霊追放の奇跡」について、聖書という書物の性格から説明しつつ解き明かしている。新約の奇跡物語に影響を与えた旧約テクストを参照しつつ、聖書箇所を釈義している。いつもながら非常に鋭い聖書の読みを示しておられる。ほかに、「サタン」概念が旧約に登場したのは紀元前4,5世紀であるという論述が特に興味深かった。

2012年4月15日日曜日

コンラート・ローレンツ(谷口訳)『人間性の解体〔第2版〕』思索社、1999年。

著名な動物行動学者の晩年の著作。筆者の不案内な分野である。 
 現代の技術主義文明への文明批評としては格別目覚ましものはないように思うし、正直なところどころ哲学的なナイーブさも感じられるようにも思う。現代文明批評に関してはやはりマックス・ピカートのものが最も先鋭であるように思う。
 印象に残った議論として「テレオノミー」の議論がある。偶然的な進化の結果、種にあたかも目的論的な合理性を持ったかのごとき特性が生じることを意味するらしい。
 子供の生命への畏敬の感覚を養うために実物教育の意義を説いたりするなど、実践的に目指していることは全体に穏当であるように思う。

2012年4月9日月曜日

Martin Rhonheimer,The Perspective of the Acting Person Essays in the Renewal of Thomistic Moral Philosophy,The Catholic University of America Press,2008.

マルティン・ローンハイマー(1950~)はドイツ生まれ、現在はローマの聖十字架大学(オプス・デイ)の倫理学者。トマス・アクィナスの自然法論研究や生命倫理学、家族倫理学、政治哲学関係の著作で知られる。
 ローンハイマーはトマスの自然法倫理学を徳倫理学として理解すべきことを主張する。本著作は彼の論文集。全体に難解で、正直なところ論述の繰り返しも多いように思う。
 特に印象に残った議論を本書から引用したい。規範倫理学説としての帰結主義に関して、「これは確かに合理性ではあるが、道徳的な意思決定の合理性ではない。それはむしろ制作(ポイエーシス)の合理性に属すると言ってよいもので、技術的な意思決定であり、より良き世界を『作ること』に関わるものである。」としている。つまり、行為の有徳さを問題にしない帰結主義は、実践(プラクシス)よりは制作(ポイエーシス)に関わる「技術主義」だというのである。帰結主義では技術により望ましい結果が惹起されればよしとされるわけで、結果を惹起するに至るまでに必要とされる行為者の有徳性は問題にならなくなってしまう、とローンハイマーは述べ、実践理性の賢慮の徳の意義を強調する。
 

2012年4月8日日曜日

ヨハネス・メスナー(水波・栗城・野尻訳)『自然法 社会・国家・経済の倫理』創文社、1995年

原著はJohannes Messner,Das Naturrecht Handbuch der Gesellschaftsehtik, Staatsethik und Wirtschaftsethik 7teAufl.,Duncker & Humblot,1984.

 筆者の専門分野。現代日本にはいまだほとんど存在していないと言ってよい社会倫理学(含む国家倫理学および経済倫理学)の体系的著作として貴重。人間の自然本性(natura humana)という善への傾向性と、実践理性の賢慮の徳によるその秩序付け(メスナーは「実存的諸目的」とよぶ)ということに倫理学の理拠をみる「自然法倫理学(Naturrechtsethik)」の立場に立つ。基礎倫理学部分と、社会・国家・経済倫理学の応用倫理学部分を含む。現代の倫理学「大全(summa)」とも言うべき記念碑的著作。ちなみにこの本の索引の作成に大学院生数名がかりで1か月ほどかかった…。

ワルター・カスパー(犬飼政一訳)『イエズスはキリストである 現代カトリックキリスト論概説』あかし書房、1978年


原著はWalter Kasper,Jesus der Christus 2teAufl.,Mainz,1975.
ワルター・カスパー枢機卿はカトリック・チュービンゲン学派の神学者。キリスト論論争史など含めて、キリスト論に関する論点が一通りわかる。犬飼師の翻訳も良いように思う(厳密に原典と対照しながらチェックした訳ではない。今回は文意の分かりにくいことろだけ原典で読んだ)。特に興味深かったのは第3部第3章の聖霊論のところか。組織神学的な背景としては(スコラ学的な方向だけでなく)ヘーゲル的思考がところどころ垣間見えるように思う。


ノーマン・ぺリン(松永希久夫訳)『編集史とはなにか』ヨルダン社、1984年

恥ずかしながらこの本で初めて聖書学研究上の方法論である「編集史」について学んだ。原文と照合していないが、翻訳は平明で、全体に読んでいて興味が尽きない。著者ぺリンは「史的イエス」の探究に否定的なブルトマン学派らしい。訳者の松永師は「あとがき」でその点に関してぺリンの批判を試みている。
  「ケセン語訳聖書」で知られる岩手県気仙地方の開業医山浦玄嗣さん(1940~)の新書版の本です。人に勧められて読みましたが、聖書ギリシア語の翻訳に関して多くの示唆を得ました。先日、NHKの「心の時代」にも出演しておられましたが、津波災害にも関わらず強く明るく信仰の道を歩まれておられる姿が伺われ、印象的でした。

2012年4月7日土曜日

内藤理恵子『哲学はランチのあとで―映画で学ぶやさしい哲学』風媒社、2011年ほか2作

 埋葬文化(お墓)研究者兼イラストレーターの内藤理恵子さんの著作三部作です(『ホネになったらどこへ行こうか』『哲学はランチのあとで』『映画じかけの倫理学』)。それそれ死生学、哲学、倫理学の分野のテーマを扱っています。該博な映画や文学からの引用と哲学者の言葉からの引用を絶妙にマッチさせています。加えて著者自身による楽しいイラストで飾られ、肝心の文章自身もまったくの初学者にもわかりやすく、共感できるもので、こうした一般向け哲学入門書としては総合的にみて非常に優れたものだと言えると思います。

長倉禮子『ジョン・ヘンリー・ニューマンの文学と思想―影と幻から現実へ』知泉書館、2011年


 オックスフォード運動で知られる19世紀イギリスの神学者ジョン・ヘンリー・ニューマン(1801~1890)に関する日本人研究者による貴重な研究書です。大学を、知識の習得以前に、教師と学生の人格の出会いの場と捉えるニューマンの大学論についての論考や、ニューマンが比較的晩年に、死後の人間の魂の行方について詩作して、エルガーのオラトリオにもなっている『ゲロンシアスの夢』の邦訳などを含んでいる本です。
 私は、一時期ニューマン研究者Ian Kerが編集したニューマンの説教集(主に"Parochial and Plain Sermons"より)を日曜ごと読んでいた時期がありますが、ニューマンの真摯な霊性は今日でも大変魅力的に感じられます。